2023年2月12日(第2主日)

説教「罪のさばき④:追放と神のあわれみ」

聖書箇所:創世記 3:20〜24,ガラテヤ書 3:26〜27

1)本日の箇所はアメリカの作家ジョン・スタインベックの長編小説『エデンの東』の伏線となる出来事。小説は創世記 4 章のカインとアベルの確執、カインのエデンの東への逃亡の物語(同 4 : 16)を題材に、父親からの愛を切望する息子の葛藤・反発・和解を描いた作品。後に同名のタイトルで映画化された。

2)神は、罪を犯したアダムとエバ( 3 : 20)をエデンの園から追放された(3 : 23)。神との交わりを持つ者として創造された人間が、その交わりを断たれたことで「疎外」という問題が神の像(かたち)を損なった。また「いのちの木」から遠ざけられたことで「寿命」を持つ者となってしまった。4 章でカインは神からの「疎外」に苛まれ、嫉妬で弟アベルを殺すという人類最初の殺人が起こってしまった。「欲望に引き渡される」(ローマ書 1 : 24)罪の姿。

3)創世記 3 章は重苦しい章であるが、「彼はおまえの頭を打ち」(3 : 15)の約束の他、「神である主は、アダムとその妻のために、皮の衣を作って彼らに着せられた」(3 : 21)との一条の光たる記述も見られる。裸であることを知った(3 : 7)人間のために、神は動物を犠牲にして作った皮の衣で人のからだをおおわれた。「おおう」とは「赦す」こと。「幸いなことよ。その背きを赦され、罪をおおわれた人は」(詩篇 32 : 1)。神は罪の赦しを計画され、そのために動物が殺されて血が流された。残酷に思うかもしれないが、むしろ人間の罪がそれほどに深刻なことを聖書は告げている。しかし動物の血では不完全。

4)罪のない神の御子イエス・キリストは、人として十字架上で私たちの身代わりとなって神のさばきを受け、血を流された。ここに初めて、私たちの罪が赦される(おおわれる)道が開かれた。このキリストのみわざを信じ受け入れるこ とをパウロは「キリストを着」る(ガラテヤ書 3 : 27)と語る。キリストを着て罪がおおわれる(赦される)とは、神との交わりを回復する幸いである。