2023年1月8日(第2主日)

説教「罪のさばき②:苦しみの始まり」

聖書箇所:創世記3:16〜18

1)罪を犯したエバとアダムに神はそのさばきを宣告された。英語の labour には「労働」「労苦」「陣痛」等の意味がある。女の labour と男の labour 。

2)女の labour:「生めよ。増えよ。地に満ちよ。」(創世記 1 : 28)と神が言われた祝福は「あなたは苦しんで子を産む」(同 3 : 16)という苦しみ(陣痛)になってしまった。また対等であり自発的な協力関係であった男女の関係が「夫を恋い慕うが、彼はあなたを支配する」(同節)という支配と隷属をもたらす強制秩序を主とする関係に取って代わられてしまった。

3)男の labour: ① 労働の虚無化。「大地は、あなたのゆえにのろわれる。あなたは一生の間、苦しんでそこから食を得ることになる」(3 : 17)神の栄光をあらわすはずの労働が苦役となり、食を得るためには仕方なしの空しさと苦渋に満ちたものになってしまった。② 被造物(自然)の反逆と人の自然支配の破綻。「大地は、・・・茨とあざみを生えさせ」(3 : 18)。

4)即ち罪のさばきの結果、女も男も、その人生の中に苦しみと戦いと空しさが入っただけでなく、生みそして働くという祝福と喜びが奪われてしまった。 「神の像(かたち)」としての目的が失われ、人生の営みが的外れとなり、心は空虚となってしまった。人間には「罪からの救い」が必要。

5)主イエス・キリストの救いとは、単に天国行きのチケットを与えるだけのものではなく、私たちに人生と労働と人間関係の本来の意味を回復する全人格的な救いでもある。キリストの十字架と復活が人生の労苦に意味を与える。