2022年9月25日(第4主日)

説教「結婚披露宴:恵みの礼服、救いの衣」

聖書箇所:マタイの福音書22:1〜14

1) このたとえ話を聞いたユダヤ人の中には第二歴代誌 30 章 1〜20 節の出来事を思い起こした者があったかもしれない。ヒゼキヤ王が宮を清め、過越の祭のために全国に招集をかけたが民は集まらず、祭司の数も足りなかった。一ヶ月遅れで祭りをすることになり、再度、急使たちを派遣したが「人々は彼らを笑いものにして嘲った」(10 節)。民のうちの大勢の者が身を清めず、異なるやり方で過越のいけにえを食べた(17 節)。彼らへのヒゼキヤ王の執り成し。

2)「ぶどう園の農夫たち」のたとえ話と異なり、このたとえでは王子の役割は前面に出ていない。王自身がリーダーシップを執っている。

3)「大通り」とは町の出口(直訳)のことで、出口から他の町に通じる大通りのこと。「出会った人みな」:抵抗できない恩恵 / 強いられた恩恵の幸い。

4) 礼服は王の厚意で支給された。着ることは王への敬意と従順を表す。礼服は王のあわれみを示す。参照:イザヤ書 61 章 10 節「救いの衣・正義の外套」。